外貨準備を日銀に売るという案

政府は保有外貨(外貨準備)を日銀に売却することで、100兆円の「日本再生基金」を設立したらどうか、と提案する人がいる。産経新聞特別記者・田村秀男氏だ。彼は、財務省や日銀の幹部数人にも会って、「どうか」と迫ったこともあるそうだが、不思議なのは彼らの反応だという。口をつぐんだまま何もコメントしないのだそうだ。

田村案は次のようなものだ。財務省外貨準備特別会計で米国債を中心に日本円換算で100兆円の外貨資産を持っている。これは政府が外国為替市場で円売りドル買い介入を行った結果である。この介入資金は財務省が国庫短期証券という一種の短期国債を発行して金融機関から貯蓄を吸収して調達する。言い換えると民間貯蓄が米国債に置き換わるわけで、円高が進めば進むほど為替評価損が膨らむ。損失額はこの2月末現在で約40兆円に上る。つまり政府は140兆円の債務を持っているのに資産は100兆円でしかない。かのAIJ投資顧問の消えた資産どころの騒ぎではない。
ならば、政府は米国債などをそっくり日銀に譲渡して、日銀券100兆円をいただく。この日銀券は万札の必要はなく、1枚の紙に「100兆円也」と表記してある。高度な透かし彫りは不要、盗まれても構わない。政府はこれをどこか防火金庫くらいにしまい込めばよろしい。だって100兆円の日銀券なんて誰も信用しないので他の現金や資産に交換不能なのだから、偽造も盗難にも遭う恐れはないのだ。

日銀が為替リスクを背負い込むと恐れる必要はない。日銀が100兆円ものお札を新たに発行するのだから、円資金の供給が一挙に増えて円安・ドル高になる。日銀保有のドル資産は円換算で一挙に増え、日銀の財務も健全になる。いわゆる量的緩和効果によって、脱デフレも容易になる。
全体にとってよいことずくめの提案なのに、トップや担当幹部は黙殺する。優秀なサラリーマンなら、会社内でそんな場面によく出くわすだろう。そんなときの状況には、必ず2つの法則がある。(1)反対する合理的根拠がない(2)提案を採用したくない強力な非合理的な動機がある。

(1)はそのとおりである。では(2)の非合理的理由とは何か。財務官僚OBによると、それは「利権」らしい。
何しろ100兆円分の外貨資産を運用するのである。運用の委託を受けるのは国内や米国の大手金融機関である。単純に米国債の売り買いを繰り返すだけの操作なのに、年間で数千億円の手数料収入が見込める。しかも、この運用委託契約は絶えず密室で行われ、金融機関との契約はガラス張りの入札ではなく、「随意契約」だという。この巨大利権に米国や日本の銀行大手が群がる。そこで財務官僚は「天下り」などさまざまな見返りを受ける。
そんなおいしい利権を財務官僚が日銀に譲渡することはありえない。日銀官僚のほうは腹いっぱいだ。日常的な金融市場での資金取引を通じて全国の金融機関に君臨しており、天下り先に事欠かない。財務省の利権を奪ったら、どんな仕返しを受けるかわからない。
官僚利権の犠牲になるのは国民と企業である。志ある政治家よ、日本再生の妙案は目の前にある。