緒に就いたばかりのインサイダー取引対策(後編)

(中編より続く)

 

増資発表前日の2日、全日空株の出来高は3カ月ぶりの高水準となり、同社広報担当の野村良成氏は6日これについて、不自然だとの認識を示した。同社は野村、JPモルガン・チェース、ゴールドマン、ドイツ銀の引き受け金融機関4社から情報漏れはないとの確言を得たため、現在のところ措置を取る考えはないという。全日空の案件は今年の日本で最大の公募増資となる。4社の広報担当者はコメントを控えた。

野村は6月29日、インサイダー取引問題での調査の結果、最上級幹部を減俸とするとともに、問題に関与した部署の担当役員2人が退任するほか、一部の営業を自粛すると発表した。同社は10年のみずほフィナンシャルグループ国際石油開発帝石東京電力の公募増資に関する情報漏えいについて調査した。

不祥事の影響で、野村は政策投資銀行(DBJ)の財投機関債などの主幹事から除外された。渡部賢一最高経営責任者(CEO)は6月29日に、今回調査対象とした3件以外で情報漏えいがあったかどうかについて「今は見えていない」と述べ、これで全てかとの問いには、分からないと答えた。いったん終了した外部の弁護士による調査を再開する考えはないと明らかにした。

監視委は日本板硝子の増資でも幹事会社2社の社員がそれぞれ情報を漏らしていたことを突き止めている。社名は明らかにしていない。日本板硝子の案件で主幹事は大和証券グループ本社JPモルガン証券だった。JPモルガンは5月29日に、当局に協力していると明らかにしている。大和は6月29日、同問題を調査するとともに管理を強化すると表明した。

格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは野村や大和の信用格付けについて、債券の引き受け主幹事から除外され始めたことはマイナスだとの見解を示した。ムーディーズは7月9日付のリポートで、今回の不祥事に伴う信頼性の喪失拡大は日本市場のすべての市場参加者に持続的な影響を与えるだろうとの見方を示した。

 

日本の監督当局はこのところ、銀行間金利操作問題の世界的な調査でも積極的に行動している。昨年は他の当局に先駆けて2行を処分。ロンドンおよび東京銀行間取引金利と関連した取引をシティグループに2週間、UBSに1週間禁止した。

しかし、日本の罰則は銀行間金利操作問題で英銀バークレイズが先月科された4億5100万ドルに比べれば、取るに足りない。同問題で英政府は調査を開始したほか、ロバート・ダイアモンド最高経営責任者(CEO、当時)は辞任に追い込まれた。

日本ではインサイダー取引につながる情報漏えいで摘発された証券会社はこれまでにSMBC日興証券1社のみ。監視委は同社のセールス担当者23人が顧客に、ある企業の増資の計画を漏らしたことを突き止めた。企業名は明らかにされていない。

情報漏えい者に対しては、米国ではゴールドマンの取締役だったラジャット・グプタ被告がヘッジファンド運用者だったラジ・ラジャラトナム受刑者にインサイダー情報を漏らした事件で有罪判決を受けた。10月に量刑が言い渡されるが、最長で20年の禁固刑の可能性がある。

 

コンサルタントのボックスウェル氏は「極度に懲罰的でない限り、罰金では刑務所のような抑止効果は得られない」として、「日本の資本市場が談合の場であるというイメージを払拭するため、真剣な改革が必要だ」と指摘した。

それでも変化の兆しはある。SMBC日興証券の元執行役員、吉岡宏芳容疑者は6月に逮捕されたが、国内大手金融機関の従業員が逮捕されるのは08年以来で初めてだった。

しんきんアセットマネジメント投信の藤原直樹投信グループ長は当局のこれまでの摘発に関し、「グレーなところにメスを入れてきている。ルールを守らないとこんなことになるとの警鐘が市場参加者のインサイダールール違反への意識を変えることにつながる」と評価した。その一方で、日本が「一度落ちた信頼を回復するのは難しいだろう」とも指摘した。