緒に就いたばかりのインサイダー取引対策(中編)

(前編より続く)

 

松下金融相は今月、インサイダー取引についての罰則強化を検討することも金融審議会に要請した。現在の規則では、インサイダー取引で得た利益に基づいて課徴金が科され、懲罰的な制裁はない。また、情報漏洩者にも罰則は科されない。
金融庁は6月に三井住友トラスト・ホールディングスに対し、傘下部門の前身が2件の公募増資の前に内部情報に基づいて取引きしたことへの課徴金として13万円の支払いを命じた。
現行の調査は世界的な金融危機後に起きた大量の株式発行がその中心。ブルームバーグのデータによれば、日本企業が10年に発行した株式は5兆円相当。4年ぶりの規模だった。欧州ソブリン債危機など新たな懸念で投資家の株式離れが進む中で、引き受け証券会社のセールス担当者は新株を売りさばかなければならなかった。
いちよしアセットマネジメントの秋野充成執行役員は、公募増資が相次いだ10年当時の状況を振り返り、野村の事業について、「当時は相場も悪く、営業環境も苦しい中、従業員には利益を出さなくてはというプレッシャーがあった」と述べた。
野村は09年3月期の通期決算で、過去最大となる7000億円規模の巨額赤字を計上した。米リーマン・ブラザーズの買収でアジアと欧州の人員8000人を継承したことなどが要因。野村が行った外部の弁護士を起用した調査では「収益至上主義へ過度に傾注したこと」が情報漏えいの一要因であり、セールス担当者は販売目標達成のためなら手段を選ばない姿勢だったと指摘された。

圧力を感じていたのは機関投資家営業の担当者だけでなかった。引き受け主幹事投資銀行のバンカーらは、セールス担当者が空売り筋に情報を漏らすことを容認、場合によっては奨励したと国内外の証券会社の株式部門に勤務したことのあるバンカー2人が匿名を条件に語った。空売りしていた投資家が買い戻すことで、公募増資時に需要が生じるからだという。
株式引受部門の従業員や企業担当のカバレッジバンカーらは、公募増資での引き受け業務を確保するのと同時に、公表何カ月も前に海外のヘッジファンドに直接、または営業を通じて接触することがあったと、関係者の1人が述べた。その際、主幹事を獲得した旨、またローンチ日とクロージング日のおおよその予定を伝え、早めに空売りし、グローバル・オファーリングで買い戻すよう話すことがしばしばあったという。
BNPパリバの岡澤恭弥株式・派生商品統括本部長は、「キャピタルマーケットの案件獲得には国内市場シェアの順位が非常に重要である」と7月6日付リポートで分析している。「ヘッジファンドにまず売りで入らせ、ショートカバーで引き受け案件に入ってもらい、ディールを成功させる一方、そのトレードによる収益貢献でブローカー評価を上げてもらうという一挙両得ともいえる経済効果から、インサイダー情報を漏えいするという事例が多く見られたのではないか」と解説した。

いちよしアセットマネジメントの秋野氏は「10年には国内の投資家がリスクをとることに積極的でなかったことから、発行体はヘッジファンドなど海外の投資家に頼らざるを得なかった」と指摘した。また「公募増資の引き受けは証券会社にとって一番儲かる業務で、当時資本増強の必要のないと思われる企業にも証券各社が増資の働きかけをしていた。投資家からはもうやめてくれとの批判があった」と当時を振り返った。
引き受け金融機関の情報漏えいによるインサイダー取引は当時、あまりにも広く行われていたので、監視委にできるのは何件かを摘発して見せしめとし再発防止を図ることだけかもしれないと、参議院議員で元JPモルガン証券副社長の中西健治氏は話す。
「10年当時、海外の投資家や外国金融機関の幹部から、日本では明らかにインサイダー取引が行われている、このままではまずいのではとのメールや電話をもらった」と同氏は述べた。また、日本の金融当局がこれまで摘発したインサイダー取引は事案の数、取引高、課徴金ともに米国と比べるとかなり小さく「氷山の一角にすぎない」と指摘。「金融庁は一罰百戒で、一つの例でたたき、見せしめにしているという印象は拭えず、海外のヘッジファンドによる不正取引など、全てのインサイダー事案を摘発すべきだ」と語った。

監視委によると、摘発された5件のインサイダー取引を行った投資家は計1億1800万円を稼いだ。ブルームバーグのデータによれば、10年の新株発行高上位10銘柄は増資発表前の2週間に、平均で指標のTOPIXの5倍の下げを演じ、時価総額にして8000億円が失われた。公表前3カ月での下落率は平均で10%、一方TOPIXは0.2%の下げだった。
与党・民主党は09年7月-11年7月に公募増資を発表した20銘柄について、公表前に出来高が急増したことを受けて、調査の拡大を求めている。インサイダー取引規制の強化を検討する作業部会を率いる大久保勉政調副会長は5日記者団に対し、「明らかに公表前に相場が動いているからおかしい」と語った。
公募増資は10年以降減少し不正の機会は減ったものの、今月3日に2110億円規模の公募増資の計画を発表した全日本空輸は先週、発表前の同社株の取引について疑義を呈した。この問題について直接知る政府当局者が匿名を条件に明らかにしたところによれば、監視委はインサイダー取引があったかどうか調査に着手したことが9日までにわかった。モニタリングやヒアリングを行い、主幹事などからの情報漏えいの有無などを詳しく調べていく方針だ。

 

(後編へ続く)