増資空売りインサイダー取引包囲網(前編)

約3カ月ぶりの日経平均株価9,000円の大台回復。個人的にはこのタイミングでの大台回復はあまりうれしい話ではないのだが、今年に入って兜町のベテラン証券マンからは「年末年始を境にマーケットの潮目が変わった」という声を何度か耳にする。とはいっても多くの市場参加者にとっては、依然としてチンタラ上昇相場に半信半疑の様子。しかし今のような弱気筋をじわりじわり追い詰めていくような上げ相場は、意外に腰折れせずに長続きをするというのが市場の経験則でもある。

こうしてじわっと株の流通市場が温まってくると、昨年は壊滅状態に陥った発行市場が動き始めるのが道理。昨年1年間の日本企業のエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)金額は1兆8253億円と前年比64%の大幅減だった。昨年中にファイナンスを準備していた企業が株安で実施を先送りしている例も多かったという。
「ここにきての赤字転落で資本増強を迫られる企業も出てくる。M&A(合併・買収)に伴う攻めの資金調達は昨年からパイプライン(進行中の案件)として徐々に積み上がってきているから、今年は後半にかけてかなりの数の大型ファイナンスが見込めると思う」。昨年は開店休業だったある大手証券の引き受け担当者はこう明かす。2009年~10年の「株安下の増資ラッシュ」に続いて、今年はいよいよファイナンスの季節到来の気配濃厚だ。

こうした来るべきファイナンスラッシュに備えるという意味合いがあったのかなかったのか、日本証券業協会(日証協)を舞台に大手証券の引き受け担当者などがエクイティファイナンスの際の「新株の配分方法の進め方」について見直しの議論を始めたのは昨年10月のことだった。
ある大手証券の働きかけで始まったこの議論、日証協が俎上に載せたのは、
(1)発行企業の指示による特定株主への新株配分(業界用語でいういわゆる「親引け」)の解禁
(2)個人投資家にも幅広く一律で新株を割り当てる日本独特の新株の「公正配分ルール」の適用緩和
――の2点だった。この2点で大手証券と日証協が変えようとしたのは、十年一日で続いてきた「個人投資家優遇」の日本の新株配分のあり方だった。

個人投資家に対して、平均で全体の約7割もの新株を時間をかけて幅広く平等に販売していく、日本の公募増資や新規株式公開(IPO)の進め方は「制度疲労」を起こしているというのが証券会社のプロたちの見立てだ。
長年禁じ手とされてきた「親引け」を認めたり、個人優遇の配分規則を緩和したりすれば、例えば米国やアジアでは一般的な機関投資家だけに新株を配分するオファリングにも道が開けてくる。
日証協の議論の場では一部の委員から「親引けを全面的に解禁してしまうのはいかがなものか」という意見が出たようだが、日本企業が新株発行をより柔軟に進めることができるようにするという、議論の大きな方向性に反対する人間はもともと皆無。議論が大団円を迎えようとしてるときに、オブザーバーとして議論に参加していた金融庁が唐突にこんな提案をしたという。「増資インサイダー問題への対応もこの場でちゃんと議論してほしい」と。

(後編へ続く)