貿易赤字継続も円高続く

25日に発表された今年上半期の日本の貿易収支は、2.9兆円の赤字となった。赤字幅は、11年上半期の9632億円から3倍に膨らんだことになる。第2次オイルショックで輸入が大幅に増えた80年上半期の2.6兆円を超える過去最大の赤字である。
同時に発表された6月の貿易収支は、輸入が前年比で大きく減少したことなどにより4か月ぶりに黒字だったものの、その額は617億円と小さく、輸出は4か月ぶりに減少に転じていることから、昨年の東日本大震災以降の赤字基調が反転したとは判断し難い。
震災以降この1年4カ月余りの間に、円は名目実効レートベースで9.1%上昇、対米ドルでは5.8%ほど上昇している。なぜ、日本の貿易収支は赤字基調なのに円は上昇しているのだろうか。

まず、当たり前のことながら、為替相場は実際の取引の需給関係で決まる。貿易収支が赤字になれば、そこからは円売りのフローが発生するが、当然その他の取引フローも存在するため、それらも含めて一緒に考えなければならない。
特に2-3カ月間の為替相場の動きには、投機的な売買がより大きな影響を与えると考えられる。しかし、こうした投機的な売買により造成されたポジションは、利益(損失)確定のための反対売買によって手仕舞いされる。したがって、半年以上の期間の為替相場にとって、投機的な売買が与える影響は中立的とみなすこともできる。一方、貿易収支から発生するフローは手仕舞いを伴わない片道切符のフローであるため、長期的な為替相場の動きに重要な影響を与えると言えよう。
ただ、片道切符のフローは貿易収支以外にも、証券投資や直接投資など実は様々なものがある。為替ヘッジや外貨ファイナンスなどで為替相場に影響を与えないフローも存在するため、厳密な分析は困難であるが、そうした制約も踏まえた上で、大きな資金の流れを検証するのは重要である。

為替相場に影響がありそうな資金フローを見ると、2.9兆円の貿易赤字のほかに、3.8兆円の直接投資、1.6兆円の日本人投資家による対外証券投資が円売りフローとして加わる。つまり、今年上期の片道切符の円売り額は合計で8.3兆円だったと推計できる。
その一方で、所得収支(6.6兆円)、外国人投資家の日本株・債券投資(3.6兆円)から発生した片道切符の円買いは10兆円を超えると推計できるため、統計上、今年上期の片道切符のフローは円買いの方が多かったと言える。つまり、貿易収支が赤字となっていても、その他のフローを勘案すると、赤字による円売りが相殺されてしまっている可能性があるのだ。

こうした統計などを元に、「貿易赤字でも円が買われる理由は何か」との問いに対する回答を考えると、以下のような4つの点が指摘できる。
まず、所得収支や外国人投資家の日本株・債券投資による円買い(すべてが円買いを伴うとは言えないが)を考慮すると、貿易赤字などから発生する円売りをかなりの部分相殺している可能性がある。
次に、欧州周辺国の財政問題などで「リスクオフ」となっている期間が長期化する中、日本が抱える250兆円もの対外純資産の国内回帰や為替リスクヘッジのための円買いが増加している可能性がある。
第三に、海外主要国の金利が低下していることもあって、日本人投資家の対外証券投資に絡む円売りが減少している(貿易赤字で円売りが増えても、対外証券投資の円売りが減少してしまっている)。90年以降について、米国、ドイツ、英国、カナダ、豪州の5カ国平均10年国債利回りと日本の10年国債利回りの差を見ると、リーマンショック後の短期間を除いて2%ポイント以下に縮小することはなかったが、現状は1%ポイントを割り込んでいる。
最後に、外貨の調達コストが大幅に低下しているため、対外直接投資が円売りではなく、外貨調達で行われるケースが増えている可能性がある(実際の円売り額は統計上よりも小さい可能性がある)。

前述したように、6月単月の貿易収支は小幅の黒字となった。ただ今後、大方の予想に反して黒字基調に戻ったとしても、その他の片道切符の円売りフローが増加すれば、結果として円安になることもあり得る。貿易収支は中長期の為替相場の方向性にとって重要ではあるが、その他のファクターやフローと同時に分析して初めて相場動向の有効な判断材料となることを忘れてはならない。