今晩のジャクソンホールに注目

米連邦準備理事会(FRB)は景気浮揚へ金融緩和の追加策を打ち出すのか――。カギを握るバーナンキ議長が31日午前(日本時間同日夜)、米ワイオミング州ジャクソンホールで講演する。毎夏恒例の経済シンポジウムでの講演は金融政策を巡る重要な発言が出ることで知られる。世界経済は長引く欧州債務危機や、米国の歳出削減と減税失効が同時に起きる「財政の崖」などの不安要因を抱え、市場はFRBの「次の一手」を注視する。その期待に議長はどう応じるのか。講演の見通しと市場への影響についてまとめてみた。

そもそもジャクソンホールとは、米西部ワイオミング州のロッキー山脈にある避暑地の名前だ。FRB傘下の地区連邦準備銀行の1つであるカンザスシティー連銀が78年から米国や世界の経済が直面する重要な問題をテーマにシンポジウムを開いている。FRBや地区連銀の幹部のほか、世界の中央銀行関係者、金融機関経営者や著名エコノミストらが集う。シンポジウム会場は100席強と小規模だが、毎年の招待者の顔ぶれは内外の注目を集めている。
今年は出席予定だった欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が、多忙を理由に直前になって参加をとりやめた。

次に、ジャクソンホールでの講演がなぜ注目されるのかというと、シンポの目玉であるバーナンキ議長の講演がたびたび、その後の金融政策変更の前触れとなったからだ。たとえば信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が表面化した07年は、議長が利下げの開始を予告。10年は「経済見通しが悪化した場合には追加金融緩和を実施する用意がある」と述べ、実際に同年11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で量的緩和第2弾(QE2)となる米国債の追加購入を決めた。
昨年はどうだったかというと、量的緩和第3弾(QE3)を示唆するとの思惑が一部にあったが、議長は追加緩和の具体策に触れず、米議会に党派対立の収束と財政出動を求めた。一方、9月のFOMCを2日間に延長して「追加緩和策を引き続き議論する」と、市場の期待をつなぐ言葉もあった。当日の米株式市場でダウ工業株30種平均は前日に比べ一時200ドルあまり下げた後、134ドル高で終えるなど乱高下。発言にきわめて敏感に反応した。
講演の後に発表になった8月の米雇用統計が低調だったこともあり、FRBは9月下旬のFOMCで満期までの期間が長い米国債を購入し、期間の短い国債を売却することで長期金利の押し下げを狙う「ツイスト・オペ」の導入を決めた。米株式相場は年末にかけて持ち直し、1ドル75円台前半まで円高・ドル安が進んだ。

では、今年はどうなりそうなのか。バーナンキ議長が何らかの追加緩和策に言及する可能性は高そうだ。先週22日公表の7月31日-8月1日分のFOMC議事要旨によると、参加委員の間に追加緩和への支持が広がっていたことがわかった。さらに24日には、議長が米議員への22日付の書簡に「金融を緩和し景気回復を強めるためにFRBには追加の政策を実施する余地がある」と記していたことが判明した。
ジャクソンホールでの議長の今年の演題は「危機後の金融政策」。金融政策という文字がなかった昨年(「短期及び長期の米経済見通し」)よりも追加緩和に踏み込んだ言及があるのではとの観測を誘っている。
今年のバーナンキ議長はなぜそんなに追加緩和に前向きなのかというと、米景気の減速を受け株式相場が急落していた10年、11年の夏に比べると市場の緊迫度は低いが、経済の先行き不透明感はかなり強いからだ。欧州では緊縮財政の緩和を求めるギリシャと欧州連合(EU)などとの協議が9月にヤマ場を迎える。11月の米大統領選を控えて与党民主党と野党共和党の対立が深まり、米財政再建を巡る議論は進みそうもない。13年1月に米経済が「財政の崖」に直面する可能性が高まっているうえ、中国やブラジルなど新興国の景気減速も影を落としているという要因がある。

具体的にどのような緩和策に言及することが考えられるか。まず考えられるのが、FOMCの声明で「14年終盤まで」と約束している超低金利政策(事実上のゼロ金利政策)の継続期間をさらに延長する案だ。次に、米国債や住宅ローン担保証券(MBS)を追加で購入する量的緩和第3弾(QE3)。銀行がFRBに預け入れるお金に付ける金利(付利)の引き下げも候補だ。FOMC議事要旨によるとこれらの手段は委員らが効果と費用について具体的に検討していたもので、議長も有力な策とみなしている可能性が高い。
また、次回9月のFOMCで市場関係者が最有力とみているのは、超低金利政策の継続期間の延長だ。「15年中盤」または「15年終盤」への変更が確実視されている。極めて低い金利が長い間続くと約束することで、消費者や企業が安心してお金を借り、住宅を買ったり設備に投資したりできるようにする狙いがある。いわゆる「時間軸の強化」と呼ばれるこの手法は、前回のFOMCで多くの委員が支持した。9月のFOMCで委員がそれぞれの経済見通しを見直すのとあわせて、声明の表現を変更する公算が大きい。低金利継続の期限を日付ではなく、「失業率が一定水準に下がるまで」といった具合に経済指標に結びつける案も議論する可能性がある。

市場から国債などを買い上げて経済の隅々にお金を行き渡らせるQE3については、多くのFOMC委員が景気浮揚効果を指摘する一方、効果を疑問視する声もある。FRBの保有資産がこれ以上増えると、将来金融政策を正常化する際の出口戦略が難しくなると懸念を示す委員もいる。意見の一致には時間がかかりそうだ。既存の金融緩和措置であるツイスト・オペの年内延長を6月に決めたばかりという事情や、2年前にQE2導入の最大の根拠になったデフレ懸念がいまは乏しいことも、FRBがすぐにはQE3に動かないとの見方の根拠になっている。

最後に、バーナンキ議長の講演を受けた市場の反応予想だが、市場は9月のFOMCでの「時間軸の強化」までは織り込んでいるが、QE3の実現性については半信半疑といったところ。議長の講演ではQE3に直接言及しないまでも、「米経済の減速懸念が強まった場合に景気を浮揚させる手段を持っており、必要があれば行動する」といった基本姿勢を明言すれば、ひとまず相場の波乱材料にはならないだろう。
一方、「金融政策は万能薬ではない」が議長の持論でもある。議会に財政出動を迫るだけに終始し、自ら先手を打って金融政策を繰り出す姿勢が乏しければ、失望感から米株式が売りにさらされる恐れは残っている。